インスピレーション

心痛の母が臨終を迎える娘を抱く写真を公開する理由
Fiona Barton

イギリス Mail on line 2007年11月24日付け記事より
訳:バウム和世

ジェイド ストーナーの短かかった一生は、その貴重な一瞬、一瞬がカメラに捕えられていた。

赤ん坊のときの笑顔、お誕生会、最初の登校日、そして、死を迎えた7才の時、お母さんに抱かれた写真。 悲劇の日から一年を迎える今日、悲しみの中にいる両親が臓器提供促進に少しでも役だつことを願いこの写真を公開した。続きを読む

ジェイドはドーセット、クライストチャーチにある家の外でバービーのスクーターに乗って遊んでいるところを車にはねられ、プーラ病院で脳死と宣告された。

その後、彼女の臓器は4人の命を救った。瀕死の10ヶ月の女児は心臓を受け取った。 生まれつきの障害で肝臓不全を起こす危険のあった17ヶ月の男児にはジェイドの肝臓が与えられた。そして二人の成人男性が腎臓と膵臓を受け取った。

母親のデビーさん(36才保母)は「写真をみると、もどってこない娘のことを思い出し辛い。でも、皆さんの目を開くことができたらと思うんです。たとえ悲しみのどん底にあっても、命を救うことのできる臓器提供を考慮することが大切だと知って欲しいのです。

あの心が張り裂けそうな時私たちにできたのだから、他の人たちだってできるはずです。

ジェイドを失った悲しみはとてもことばでは言い表せません。でも、臓器提供したことで、私たちは彼女がいなくても生きて行く力を得ました。」と語る。

医師からジェイドの臓器提供について尋ねられたとき、ストーナーさんと、夫のジョンさん(36才溶接工)とは、意見が大きく食い違った。 「娘の死を無駄にしたくなかった。それで、娘が他の人の命を助けることができたら、それってすごいんじゃないかと考えはじめたんです。でも、夫にはそれはとても難しいことでした。ジョンはジェイドが事故でもう痛い思いを十分したのにと、とても反対しました。そして、誰にも娘を触らせたがりませんでした。自分の子供を守ろうとするのは自然な反応ですよね。でもよく話し合いました。ジェイドを呼び戻せる方法は何もないと、彼に言いました。もう、彼女は逝ってしまったけど、彼女の人生を無駄にさせたくないと。そうしたら、彼も私の意見に賛成してくれたんです。」 ストーナーさんはさらに付け加えた。「ジェイドもそれを望んだと思います。彼女はとても明るい子でした。人が悲しんでいるのを見るのを嫌がり、いつも自分なりに助けようとしていました。」 ジェイドは事故の後、生命維持装置に繋がれたが、翌日、装置は止められた。お別れをするために、両親は、15才の義兄ジェイムズ、4才の妹エミー、祖父母、叔父、叔母、従兄弟、友だちを少女のベットの回りに集めた。 「これがジェイドを見る最後と、皆で手を繋ぎベットを囲んで彼女にキスをしました。」と、ストーナーさんは続ける。 最後に、心を引き裂かれた母は娘を腕に抱き、ベットに横になった。小さな命が腕の中からすり抜けていった。 「看護婦さんにお別れの場面を写真に取りましょうかと聞かれ、はい、とお願いしました。取っていただいて本当によかったと思っています。 写真はとても大事です。ジェイドのことを忘れないよう、彼女の髪、手型、足形を残してくれるから。」と母は言う。

両親はいつか、娘が救った人たちに会いたいと願っている。すでに3家族と交信を初めており、肝臓を受け取った幼児の移植前後の写真も受け取った。 「(移植前後の)違いに驚かされます。ジェイドの臓器が彼らの人生をどんな風に変えたかがわかります。 一人の方は腎透析をしていたけど、初めて祝日に遊びにでかけることができるようになり、移植に感謝していると話してくれました。」 ストーナーさんは社会を変えていくことにも思いを新たにしている。 移植に関わる人達の会合で自分の経験を語ったり、臓器提供者を増やすための運動もしている。 「皆の心を変えることができたらと思うんです。イギリスでも移植を待ちながら亡くなってしまう方が本当に大勢います。腎臓だけでも、1日に3人の方が移植を待ち望みながら亡くなっています。その一方で、本当にたくさんの臓器が移植に使えます。」と言うストーナーさんは、同じように子供を亡くした家族に手を差し伸べるため、ジェイド記念基金もつくった。

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By ロバート N. テスト (1926-1994)To Remember Me

訳:バウム和世 Robert N Test

生と死が忙しく入り交じる病院で、ベットの4つの角にきれいに折り込まれた白いシーツの上に 私の体が横たわる日がいつかやってくる。

時が来て、医師はもう私の脳が機能を停止したと判断するだろう。

あらゆる観点から、私の生は、止まったと判断するだろう。

そうなった時、機械を使って私の体に人工の生を入れ込もうと考えないで欲しい。

そして、これを私の死の床と呼ばないで欲しい。

命の床と呼んで、他の誰かがもっと満ち足りた人生をおくれる様に、そこから私の体を運んでおくれ。

私の視力を、日の出や、赤ん坊の顔を、そして彼女の瞳の奥の愛を、まだ一度も見た事のない人にあげておくれ。

私の心臓は、永遠に続く苦痛以外何も生み出さない、そんな心臓しか持たない人にあげておくれ。

私の血は破壊した車から引きづり出される十代の若者にあげておくれ。

そうしたら、彼は自分の孫が遊ぶのを見るまで生きられるかもしれないから。

私の腎臓は、一週、一週を生き延びるため、機械に頼っている人にあげておくれ。

私の体から骨を、全ての筋肉を、全ての繊維を、そして、全ての神経も取り出して、不具の子供があるける方法を見つけておくれ。

私の脳をすみずみまで調べておくれ。
必要があるなら細胞をとりだして、培養してみておくれ。
そうしたら、いつかしゃべれない少年が、バットの折れた瞬間叫べるようになり、耳の聞こえない少女が窓をたたく雨の音を聞ける様になるかもしれない。

あとの残りは焼いて、灰は花が咲くよう風に蒔いておくれ。

もし、何か葬らなければならないのならば、それは私の犯した失敗、弱さ、そして私の仲間に向けた全ての偏見だ。

私の罪は悪魔に渡してやれ。私の魂は神に渡しておくれ。

そして、もしも、私のことを忘れまいと願ってくれるなら、やさしい行為と言葉を、それを必要としている人に与えて覚えていておくれ。

私が願うこの全てのことをしてくれるなら、私は永遠に生きることができるだろう。

マザーテレサ (1910 - 1997)マザー・テレサの信条

訳:安藤あさこ Mother Teresa

人というものは、非常識、非論理的、自己中心的になることがよくあります。
ともあれ許してあげなさい。

もしあなたが人に親切にすれば
人はそれを利己的な下心があるからだと非難するかもしれません。
ともあれ親切な人でありなさい。

もしあなたが成功すれば
不誠実な友人と真の敵を作ることになるでしょう。
ともあれ成功しなさい。

もしあなたが誠実で率直な人だとしたら
人はあなたを騙すかもしれません。
ともあれ誠実で率直でありなさい。

あなたが何年もかけて築き上げたものを
誰かがたった一晩で打ち砕いてしまうということは起こり得ます。
ともあれ築き上げなさい。

もしあなたが心の平穏と幸せとを見つけたとしたら
人は嫉妬するかもしれません。
ともあれ幸せでありなさい。

今日あなたがよい行いをしても
明日になれば人は忘れてしまうことがよくあります。
ともあれよい行いをしなさい。

あなたの持てる最大限の力を発揮して社会に貢献しなさい。
でもそれは決して十分ではないでしょう。

ともあれ今持てるすべてを発揮して社会に貢献しなさい。
おわかりでしょう。

つまるところ、すべてはあなたと神との問題なのです。
決してあなたと誰かとの問題ではないのです。

国があなたのために何ができるかを問うかわりに
ジョン·F·ケネディー (1917 - 1963)

訳:バウム和世 John F. Kennedy

だから、我が朋友であるアメリカ国民よ、国があなたのために何ができるかを問う代わりに、あなたが国のために何ができるかを問おうではないか。

我が朋友である世界住民よ、アメリカがあなたのために何をしてくれるかを問う代わりに、人類の自由のために、我々は共に何ができるかを問おうではないか。

最後に、あなたがアメリカの国民であろうと、世界の住人であろうと、
我々があなたに求めるのと同じ高水準の強さと犠牲を我々に求めて欲しい。

唯一確かな報酬を与えてくれる 明朗な良心と、

我々の行動の善悪を最終的に裁く歴史と共に、

神からの祝福と助けを求めながら、

しかし、この地上で、 神の働きは、まことに我々の働きであると理解しながら、

我々の愛するこの国を導くために前進しようではないか。